大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)127号 判決

原告

ユー・オー・ビー・インコーポレーテツド

被告

特許庁長官

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告期間につき附加期間を90日と定める。

事実

第1当事者双方の求めた裁判

原告は「特許庁が昭和52年審判第10528号事件について昭和58年1月14日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文第1、第2項同旨の判決を求めた。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告(旧商号ユニバーサル・オイル・プロダクツ・カンパニー)は名称を「内部うね形伝熱管」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、1972年3月7日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和48年2月22日特許出願をしたところ、昭和52年3月18日拒絶査定を受けたので、これに対し審判の請求をした。特許庁は右請求を昭和52年審判第10528号事件として審理中、昭和56年10月1日本願につき出願公告をしたところ、株式会社神戸製鋼所から異議の申立があつた。そこで、特許庁は昭和58年1月14日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年4月4日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

内部にシングル・スタートらせん状うねをもつ金属伝熱管であつて、長手方向の断面でみた場合管壁の内部境界が共通接線上で連結した凸面部および凹面部を交互に備えて成り、式で記載される管内部表面のφが0.1×10-2より大であつて0.365×10-2以下であり、tが0.85インチ以上であることを特徴とする金属伝熱管。

(上式中、φは無次元の「苛酷度パラメーター」であり、eはらせん状のうねの高さであり、pはらせんのピツチであり、diは管の内径であり、tはうね頂部の幅である。

3  審決の理由の要点

1 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

2 実願昭46-86839号(昭和48年6月8日出願公開、実開昭48-44055号)(以下「引用例」という。)の願書に最初に添付した明細書及び図面には「内面に単一螺旋形の波形を有し、長手方向の断面でみた場合管壁の内部境界がほぼサイン波形をした金属伝熱管において、波形の谷の深さhが該金属管の最大径の0.008倍から0.08倍の範囲にあり、かつ波形のピツチpが最大外径の0.2倍から0.7倍の範囲にある伝熱管と、実験には金属管として外径が25.4ミリメートル、厚みが0.5ミリメートルのものを用いた」ことが記載されている。

3 本願発明と引用例記載の考案を対比すると、両者は、内部にシングル・スタートらせん状うね(単一螺旋形の波形)をもつ金属管であつて、長手方向の断面でみた場合管内の内部境界が共通接線上で連結した凸面部及び凹面部を交互に備えた(ほぼサイン波形とした)金属伝熱管という点で一致し、ただ、(イ)本願発明はで記載される管内部表面のφが0.1×10-2より大であつて0.365×10-2以下(φは苛酷度パラメーター、eはうねの高さ、pはピツチ、diは内径)となつているのに対し、引用例は谷の深さhが管の最大外径Dの0.008倍から0.08倍の範囲にあり、かつ波形のピツチpが最大径の0.2倍から0.7倍の範囲にあるものとなつている点と、(ロ)本願発明は、うね頂部の幅tが0.85インチ以上となつているのに対し、引用例には、うね頂部の幅についての記載がない点において一応相違する。

4  相違点(イ)について検討するに、引用例記載の実施例について苛酷度パラメーターφを検討するに、谷の深さhを決定する係数(0.008~0.08)とピツチpを決定する係数(0.2~0.7)とをそれぞれの中心値に近い0.03と0.4、0.04と0.3、0.06と0.5、0.04と0.4としてφを計算すると、φはそれぞれ0.2768×10-2,0.1432×10-2,0.3384×10-2,0.107×10-2となるので、上記相違点(イ)は同一である。

5  相違点(ロ)について検討する。引用例において、管の外径を0.25ミリメートルとした場合には、tは0.85インチにならないが、同じ形状の波形ではtはDに比例することになるので、Dの大きなものにおいてはtが0.85インチ以上になることは明らかである。そして、本願発明のtを0.85インチ以上としている理由は、tが0.85インチより小さい管を避ければ、第4図にプロツトされた相関曲線を設計者は確実に維持することができる、というものにすぎず、tを0.85インチ以上にすることにより伝熱効果が向上するというものではないから、相違点(ロ)には格別発明が存在するものとは認められない。

6  以上に述べたところによれば、本願発明と引用例記載の考案は同一と認められる。

7  本願の発明者が引用例記載の考案者と同一であるとも、また、本願の出願時の出願人が引用例の出願人と同一であるとも認められない。

8  よつて、本願発明は、特許法29条の2により特許を受けることができない。

4 審決を取消すべき事由

審決の理由の要点1ないし4、7は認め、5、6、8は争う。審決は相違点(ロ)に対する判断を誤つた結果、本願発明と引用例記載の考案を同一のものと誤認したのであるから、取消を免れない。

1 本願発明の特徴

(1)  本願発明に係る金属伝熱管はうね形の管の内部に冷却媒体を通し管の外側の物質を冷却することを目的とするもので、管の内部をうね型とするのは、うねの存在により管内を移動する冷却媒体が適度に撹拌され、全体的な熱伝達効率、即ち冷却効率の増大をはかるためである。

(2)  金属伝熱管の熱伝達パフオーマンス(性能)は管内熱伝達係数定数Ci(以下「Ci」という。)の値により示されるが、従来、Ciは金属管完成後実験により測定されており、金属管設計段階において予めこれを測定することはできなかつた。本願発明の発明者はその特許請求の範囲記載の苛酷度パラメーターφ(以下「φ」という。)を考え出し、金属管のうねの幅t(以下「t」という。)が0.85インチ以上の場合にはφの値がCiの値と一定の相関関係にあることを見出した。

本願発明の明細書第4図によれば、tが0.85インチより小さい管については点38、44、46がCiとφの相関関係(曲線36)からはずれるばかりでなく、これから予想される値より低いCi値を示している。このことは、tを0.85インチ以上とするという条件を加えることにより、同一のφの値を有し、tが0.85インチ未満の管に比べ、Ci値が向上するのであり、伝熱効果向上という作用効果をも奏することを意味する。

なお、本願発明では、被告の指摘する明細書中の記載が示すようにtを0.085インチ以上とすることによりφとCiの相関関係を維持することができるが、特許請求の範囲においてtを更に0.85インチ以上と限定したのである。

(3)  本願発明におけるφ及びt金属管の内部形状から直ちに知り得る値であるから、この値を介してCiを予測することができる。しかも、Ci値はφの一定値に対して最大値をとることが発見されたので、最大の熱伝達パフオーマンスを与える伝熱管の形状を予測することができる。また、かように内部幾何学的形状から直ちにCiが予測されるため伝熱系の設計が容易になるとともに、右形状をわずかに変えてもφの値が変らなければ同じCiを有する伝熱管が得られるので、熱伝達パフオーマンスを変えずに目的に応じた内部形状の異なる金属伝熱管を設計することができる。

(4)  このように、本願発明の特許請求の範囲記載のようにφが0.1×10-2より大で0.365×10-2以下であり、tが0.85インチ以上であることを特徴とし、この2要件をみたすことによりCiと相関関係を有しながらすぐれた熱伝達パフオーマンスを与えるという効果を実現するのである。

(5)  引用例も前記(1)の本願発明同様金属伝熱管の考案であるが、同考案のものは審決の理由の要点5に述べられているように管の外径を0.25ミリメートルとした場合にはtは0.85インチとはならないから本願発明のものとは明らかに形状が異なるし、その他の場合でもD(管の最大径)とh(谷の深さ)、Dとp(ピツチ)の関係をいろいろ変えて実験して伝熱効率のよい部分を取出しただけであつて、その第3図からわかるように一定の法則性を示すものではなく、ある値のD、p、hを与えたとき、その伝熱管がいかなる効果を示すかを予測することはできない。

2 審決の理由の要点(請求の原因3)5の判断によれば、審決は本願発明の効果を単に伝熱効率の向上とのみ理解し、本願発明に係る伝熱管では苛酷度パラメーターφを介してCiと相関関係を有してるという効果を無視し、本願発明の重要な構成であるtが0.85インチ以上という要件の意義、即ち引用例記載の実験例では全くみられないφとCiとの特定の関係がtが0.85インチ以上の場合にのみ生ずるという本願発明の著しい効果を看過し、これと引用例記載の考案を同一視する誤りをおかしている。

第3請求の原因の認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める。同4のうち本願も引用例も同1(1)の金属伝熱管の発明又は考案であることは認め、その余は争う。

2  主張

1 本願発明は「内部うね形伝熱管」に関するものであつて、Ciを予測する方法に関するものではない。したがつて、Ciと相関関係を有するφの発見とか、Ciを予測して伝熱管の設計を容易にしたという目的ないし効果は、本願発明とは直接には関係がない。

2 本願明細書には、φとCiとの相関関係を維持するため、tが「0.085インチより低いtの値を避けること」(5欄16行ないし20行)、「t=0.120インチ」の管を用いること(10欄20行ないし31行)、「tが0.085インチ以上」である実施態様(11欄2行ないし5行)が記載されており、これら記載によれば、原告主張のようにtを0.85インチ以上と限定した効果は格別のものとはいいがたい。また、本願発明において実験に用いられた管は、内径が最大のもので1.288インチであり、かつtが0.85インチに及ばないものであることは明らかであるから、この点において引用例記載の考案が外径25.4ミリメートル(1インチ)の管を用いた実験と格別変りない。

3  引用例記載の考案において管の外径Dについてその範囲をなんら限定していない。しかして右考案ではピツチpはDの0.2倍から0.7倍の範囲となつており、Dに比例し、かつ同様の波形の管ではpとtの比は一定であるから、外径次第でtは0.85インチを当然越えることになる。そして、右考案の実験に使われた管のφは審決が認定したように本願発明におけるφの値の範囲内に入るものであるから、右考案においてtが0.85インチを越えるような大きい外径の管は本願発明明細書第4図の相関曲線上に当然乗るはずであり、この点において引用例記載の考案と本願発明は変るところはない。

4  要するに本願発明はtの範囲を限定しているのに対し、引用例記載の考案ではこれを限定していないだけのことであつて、右考案におけるtが0.85インチ以上になる外径の大なる伝熱管は本願発明に係る伝熱管と同一である。したがつて、相違点(ロ)に対する審決の判断に誤りはない。

第4証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

2  引用例の記載内容が審決の理由の要点(請求の原因3)2摘示のとおりであること、本願発明も引用例記載の考案も管の内部に冷却媒体を通し管の外側の物質を冷却することを目的とする金属伝熱管に関するもので、両者は内部にシングル・スタートらせん状うね(単一螺旋形の波形)をもち、そのうねは長手方向の断面でみた場合管壁の内部境界が共通接線上で連続した凸面部及び凹面部を交互に備えたほぼサイン波形をしていることは当事者間に争いがない。

3  次に、両者の相違点について検討すると、うねの高さ、ピツチ、径に関する審決の理由の要点3摘示の相違点(イ)及びこれに対する判断である同4が正当であることは当事者間に争いがなく、この事実によれば、引用例記載の考案において平均的事例と認められる各係数の中心値付近の値によりφを計算するとその値は本願発明の特許請求の範囲に記載されたφの値の範囲内にあるから、右の相違点とされた引用例の管の形状と本願発明の管の形状は重複する部分を有し、結局この点に関する両者の構成に差はないことに帰す。

審決の理由の要点4摘示の相違点(ロ)、即ち本願発明においてtが0.85インチ以上とされているのに対し引用例にはこの点についての記載がないことは当事者間に争いがない。このように、引用例記載の考案においてはtについて限定がないのであり、引用例の金属管の外径を0.25ミリメートルとした場合にはtが0.85インチにならないことは当事者間に争いがないが、同じ形状の波形(うね形)の管においてDを大きくすればこれに比例してtも大きくなるから、右金属管においてDの値を増せばtの値も増す、即ち管の外径を大きくすればこれに比例してうね頂部の幅も増加することになる関係にある以上、引用例記載の考案においても本願発明同様tが0.85インチ以上のものを含むものと認めることができる。したがつて、この点においても両者の構成は重複関係にあり、差はないものといわざるを得ない。

4  そうであれば、引用例記載の考案においても本願発明のものと同じ構成の金属伝熱管にあつては、本願発明同様原告主張のような伝熱効果向上という作用効果を奏するばかりでなく、そのφの値とCiの値が一定の相関関係を示すので、本願発明と同様に伝熱管の内部形状からCiの値が予測されるものということができるのである。

5  そして、本願発明の出願人、発明者と引用例記載の考案の出願人、考案者が同一でないことは当事者間に争いがないから、本願発明は29条の2第1項により特許を受けることができない。

6  よつて、審決の結論は正当であるから、原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、同法158条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(瀧川叡一 松野嘉貞 牧野利秋)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例